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コンビニで販売されているタバコの数は、日本たばこ産業(JT)が取り扱っているブランドだけでも91種類もあり、マルボロなどの国外のブランドを加えるとかるく100は超えます。

タバコは漢字で「煙草」と書き、煙草の意味は、葉巻や噛みたばこ・パイポ・紙巻タバコの原料となる葉のことを指してます。

コンビニ等で目にするタバコの正式名称は”紙巻タバコ”という名前で英語では”Cigarette:シガレット”といいます。

日本では”紙巻タバコ”という名称は定着せずに省略して”タバコ”と呼ばれていますね。

今回は、普段良く目にする”紙巻たばこ”のパッケージを見ながら日本タバコの歴史について書いていきます。

明治維新の文明開化と共に持ち込まれた紙巻タバコ!




こんにちは、運営者のMappyです。
当時の紙巻タバコ会社は
5,000社もあったようです。(^_^)

タバコは安土桃山時代にポルトガルの宣教師から織田信長に土産物として伝えられました。

喫煙の方法はタバコの葉を細かく刻んでキセルに詰めて吸う方法が一般的でこの方法は明治初期に紙巻タバコが日本に入ってくるまで続きます。

紙巻タバコの手軽さと斬新なカタチが当時の若者の心を刺激し急速に広まりました。しかし紙巻タバコは当初、外国製が多く値段も高かったため庶民には気軽に吸うことが出来ない高級品だったようです。
日本に入ってきた海外の紙巻タバコ

画像:日本たばこ産業

紙巻タバコで一獲千金を夢見る男たち!

日本を含め当時の社会状況の中で紙巻タバコは、車や鉄鋼と同じように急成長する産業分野でした。

国内でも紙巻タバコの可能性に目をつけた商売人が次々と会社を起こし、その数は5,000を超えたといいますから紙巻タバコの需要が急激に伸びたことは間違いありません。

数ある紙巻タバコ会社の中でも、岩谷松平の岩谷商会と村井吉兵衛の村井兄弟商会の2社は日本人に紙巻タバコを普及するのに大きな役割を果たしたといっても言い過ぎではありません。
岩谷商会の天狗煙草

画像:日本たばこ産業
当時の紙巻タバコは煙草の生産地の名前が多かったの岩谷商会の「天狗煙草」はブランドネームとして当時のマスコミに大き取り上げられました。

岩谷はアメリカに家族を派遣し紙巻タバコの製造方法や販売について研究させたという記録が残っていることを考えると、ブランド力とシンボルカラーに目をつけた戦略は見事に成功したといえるでしょう。
村井兄弟商会のSUN-RISE

画像:日本たばこ産業
村井は海外の紙巻タバコのデザインを意識した「SUN-RISE」:サンライスを販売しました。


画像:日本たばこ産業
※村井兄弟商会のタバコカード

岩谷商会の天狗煙草に対抗しするために村井は外国人女性の胸元を描いた「タバコカード」がおまけとしてついてきました。


画像:日本の春画
※当時の春画(今でいうエロ本)

明治時代は写真も高価でしたし当時のエロ本はまだ手書きが主だったのを考えるとおまけのタバコカードはずいぶんエロく見えたことでしょうね。

タバコの利権を巡る争いではエロいタバコカードをおまけした村井兄弟商会に軍配があがる形で落ち着きました。

紙巻タバコ産業が民間経営から国営に移った理由(わけ)!

日本で紙巻タバコ市場のトップになった村井兄弟商会は、次にアジア市場に目を向け海外の大手タバコ会社アメリカン・タバコ会社と業務提携し市場拡大へ力を入れ始めます。

しかし村井兄弟商会は数年後にアメリカン・タバコ会社に経営権を奪われてしまいます。

この事はマスコミにも大きく取り上げられ政治問題にまで発展しました。

日本政府は紙巻タバコ産業の利益を海外のタバコ会社に取られないため専売制という選択肢を紙巻タバコ産業の関係者にに提案しましたが収入面など多くの不一致が生じ猛反対されます。

しかし天狗煙草の熊谷は海外のタバコ会社を嫌っていたため法案に賛成の立場を取り、明治36年(1902年)に衆院選に当選し自ら先頭に立って専売制の法案化を実現しました。

明治初期の宣伝看板
画像:日本たばこ産業
※販売当時の宣伝看板

当時のタバコ生産状況
画像:日本たばこ産業
タバコの生産状況

明治時代の紙巻タバコ産業は、現在のスマートフォン市場のように急成長していた産業だったようですね、そのうちスマートフォン市場も政府の介入による課税が義務付けられたりして(=_=;)

明治や大正時代の紙巻タバコが粋に感じてしまう。

国営化後はじめて発売された紙巻タバコ

画像:パッケ-ジで見るたばこ史
※発売は明治37年(1904年)頃

タバコ産業の国営化後はじめて発売されたタバコは「霧島・大和・朝日・山桜」の4種類でした。熊谷商会や村井兄弟商会のパッケージデザインとは対照的に高そうなイメージがしますね。
ゴールデンバッドは100年も続く超ロングセラーの紙巻タバコ

画像:ゴールデンバッド
※発売は明治39年(1904年)頃


画像:ゴールデンバット
※発売は昭和40年(1940年)頃
第二次世界大戦頃のパッケージは、ゴールデンバットの文字が金鵄(きんし)に変更されました。
戦争中は敵国語の使用は厳しく取り締まりを受けていたようです。


画像:ゴールデンバット
※発売は平成18年(2006年)頃
ゴールデンバットの発売100周年を記念した復刻モデルです。


画像:ゴールデンバット
※発売は平成26年(2014年)
警告文が書き込まれパッケージのデザイン性が損なわれています。

僕はJT(日本たばこ産業)のタバコブランドでのロングセラー商品はマイルドセブンだと思っていましたが、実はゴールデンバッドでした。

ゴールデンバッドは明治39年(1906年)に発売されていらい2014年時点で100年もの超ロングセラー商品であることに驚きました。
大正時代に発売された紙巻タバコ

画像:パッケージで見るタバコ史
※発売は大正9年(1920年)頃
左からピース、敷島、八千代
ピースは2020年に発売から100年を迎えます。
ちょうど東京オリンピックの開催時期と同じなのはなんとも不思議な感じ・・・

昭和の紙巻タバコって昭和って感じがする!

昭和初期に発売された紙巻タバコ

画像:パッケージで見るタバコ史
※発売は昭和7年(1932年)頃
左からコハク、暁(あかつき)、ホープ
HOPE(ホープ)はこの頃に発売されてます。
第二次世界大戦の頃に発売された紙巻タバコ

画像:パッケージで見るタバコ史
※発売は昭和16年(1941年)頃
左から金鵄(ゴールデンバッド)、鵬翼(ほうよく)、光
この時期に発売された紙巻タバコはゴールデンバッドが金鵄(きんし)に名前を変えたり、鵬翼(ほうよく)や光などの戦争に関連する言葉がパッケージに採用されています。

※金鵄(きんし)の意味は”金色のトビ”神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)を征伐したとき、弓の先に止まり、味方を勝利に導いたという説がある
※鵬翼(ほうよく)の意味は”焼き尽くす”こと
戦後に発売された紙巻タバコ

画像:パッケージで見るタバコ史
※発売は昭和27年(1952年)頃
左からピース、新生、いこい
この時期に発売された紙巻タバコは、戦後の復興を願う平和や再出発などの意味を込めたパッケージが多く見られます。戦争に負けて財政難だった当時の政府にはタバコ税はノドから手が出るほど欲しいお金だったのでしょう。当時出回っていた輸入タバコを規制するポスターまで配布されてます。

画像:タバコの謎を解く-コネスール-
昭和40年頃に発売された紙巻タバコ

画像:パッケージで見るタバコ史
※発売は昭和43年(1968年)頃
左からホープ、ハイライト、ピース,わかば,セブンスター
この時期に発売された紙巻タバコは、ホープやピースのようにパッケージデザインがシンプルなデザインへと変わってきています。
ハイライトやセブンスターもこの頃に発売されました。

昭和50年頃に発売された紙巻タバコ

左から、発売年はマイルドセブン、昭和52年(1977年)・キャビン、昭和58年(1978年)
画像提供:たばこパッケージクロニク
2014年の時点で日本のタバコといえばマイルドセブン(現メビウス)といっても過言ではないぐらい、タバコを吸う人の多くはマイルドセブンを吸っています。マイルドセブンが初めて登場したのは昭和52年(1977年)で、当時人気の高かったセブンスターよりも軽めのタバコを作ろうというコンセプトで企画開発が始まりました。

おわりにマイルドセブンの開発秘話について


左から、発売年は昭和52年(1977年)・昭和57年(1982年)・昭和60年(1985年)

左から、発売年は平成6年(1994年)・平成12年(2000年)・平成16年(2004年)

左から、発売年は平成17年(2005年)・平成18年(2006年)・平成25年(2013年)
画像提供:たばこパッケージクロニク
いまでは日本タバコのブランドネームとしての地位を占めているマイルドセブンですが、開発された当時は異例づくめだったようです。

マイルドセブンが初登場した昭和52年(1977年)の日本は、急成長をしてきた経済に石油価格の急騰という超インフレと戦後初のマイナス成長の危機にみまわれ、商品の価格高騰がおきました。

タバコも例外ではなく当時の価格の5割もの値上げを行いました。

マイルドセブンはコストをかけずに安くて上質なタバコを作ろうとする当時の開発者の思いが込められた作品でもあったようです。

マイルドセブンの発売には社内の誰もが赤字になると予想したみたいですが、その期待に反して現在まで続く大ヒットを記録しています。


マイルドセブン発売当時の広告ポスター
画像提供:たばこパッケージクロニク
発売当時の広告には、新商品にもかかわらず「白いベストセラー」と大胆なキャッチコピーで宣伝するという思い切った仕掛けをしたようです。

これまでに何度もパッケージデザインやブランドファミリーの種類を増やしてきたマイルドセブンですが2013年にネームをマイルドセブンからメビウスに変更して縮小する日本市場から海外に目を向けています!

最終更新2014年5月27日

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